2018年02月08日
そう書かれてあった
幸運だったのは、私が子供の頃、世界はまだシンプルだった
花は花であり、川は川だった
そこにいる魚は魚で、私達子供は、自己責任で戯れた
夕日が沈めば家に帰り、夜は数えきれない星を数えた
今、そんな故郷に、新幹線が走るため、巨大なコンクリートの塊が、田んぼや川や家々や空を分断するように貫いている
その恩恵を享受しながら生きているくせに、私は、強烈な違和感とノスタルジーに身悶えする
これは、必要なものなのか
パキッと、心にヒビが入る音がする
大事なものを壊される
大切な記憶までも汚される
そんなどうしようもない拒否感
そこに日々生活する私の父母は、粛々と受け入れる
工事の音がうるさいだの、現場の車のせいで渋滞するだのとぼやきながら、ぼやくことで日常にしている
そうせざるをえない
無くなるものを恋い焦がれたり、しがみついたりするには、歳をとりすぎたのか
そうやって、受け入れて生きていく
静かに
その姿を、私は泣きそうになりながら、祈る気持ちでみている
いつも幸せであるように
真摯に生きるとは
美しい世界とは