2018年05月06日

さびているな

朽ちてくると、人工物が、自然の中に馴染むようになってくるのは何故だろう

朽ちれば朽ちるほど、「ここ」に溶けていく

違和をやがて、違和ごと飲み込んでいく「もの」の存在を感じる

ここ1、2ヶ月、モヤモヤしていた事があった

それは前から薄々違和感のあったことで、最近なんでこんなにイライラするんだろうと思っていたら、どうもその事が原因らしかった

上司が、ルールをきっちり守る人で、その基準が自分と違うのだ

なんでこの人は、お店の利益ばかり優先するのか、理解が出来ないことがあった

でも、違った

損得勘定と思っていたけど、ある日彼女は、不平等になるから、といった

彼女は、うちのお店の責任者だ

基準でなければならないし、それは、自覚と責任感からくる

損な役回りでもあり、でもその事を嫌々ではなくさらっとこなし、バランスをとろうとしている

そこに損得がないわけじゃないが、そればかりではないのだ

そんな簡単なことを、私はすっかり忘れていた

だからといって、私は自分の考え方が違うとは思わない

不平等があってもいい
その判断の自由が与えられた会社だと思っている

私たちは、思い出を売っている

目の前の人を喜ばせるために働いている

とはいえ、出来ないこともあるし、私は雰囲気にすぐ流されるたちなので、彼女がいることがありがたい、と気付いたのだ

彼女がいるから、私は私を明確に出来る

対立する必要はない
どちらがいい悪いじゃない

バランスをとればいいのだ

そしたら、彼女と働けることが、とても嬉しいと思った

これからはイライラせず、私はこう思うけどあなたは?と聞けるだろう

自分でもぼんやりしていた自分が、彼女と向き合うことで立ち上がってくる

彼女と出会えて良かった!

感極まり、彼女に、ありがとうー!とメールを送ったが急すぎて、若干引いてるかもしれない…

それも私