2023年07月06日

ところで

わたしは自転車が大好きだ

体力の続く限り乗りたいと思っている

最近は、坂道が上れなくなって、降りて押すことも多くなった

高校のときは、片道10キロをおよそ30分で爆走

丘の上に建っている校舎は、どっから入っても急な坂だったけど、鍛え上げたふくらはぎで一気に、何なら加速気味の立ちこぎで走り抜けた

弁慶のなきどころに筋肉があることを知った

雨の日も雪の日も、台風でもチャリだったけど

あの元気は何だったんだろう、、

同じ人間とは思えない

体がエネルギーに満ちていて

何だってできるという自意識過剰な確信が、どこかにずっとあった

わたしは学校が好きだった

忘れてるだけで、やらかしてたりやらかされたり、色々あったとは思う

でも、好きだったと感じれるのは、すごくラッキーだと思うのだ

偶然入った美容室で担当してくれた美容師さんが、なんと高校の後輩だった

予想外な出来事が起こると、驚くより笑いが出る

2人で、誰もわからない話で盛り上がった

それをきっかけに、高校時代の自分を思い出している

記憶は紐づいていて、きっかけの糸を一本摘むと、スルスルと色んな景色が蘇るから面白い

あの頃のわたしは、本当に自意識の固まりで

たとえば、好きな人が同じ教室にいると、お弁当が食べれなかった

食べる姿を見られるのが嫌だったのだ

当時は、好きな人の前でご飯を食べれないことが、自意識だとは思いもしなかった

そんな自分を、しぱらくはアホかと呆れていたけど、今は、かわいかったなと思える

思い出は、今のわたしの在り方で姿を変える

過去は、変わっていく

全部はつながっている
世界はバランスだ
神さまという存在があるのなら、そのバランスのネットワークそのものが神さまなんだと誰かが言っていた
誰かの意図ではなく、世界を作っているのはどこまでも広がるつながりなのだ
過去も未来も今も
在るけど無い
じゃあ、なんでわたしは選ぶのだろうか
選ばなければならないのか
できれば選びたくなかった
そうすれば、人のせいにできる
愚痴を言って、やり過ごすことができる

7月になりましたね
この半年は、いろんな感情を味わいました
叫び出したいほど悲しいこともありました
自分がいることが、誰かに苦痛をもたらすという現実を目の当たりにして、ずっと途方に暮れていました
でも、仕方ない
わたしはわたしでしかなく、嫌になるほど自分でしかないことを実感して
しぱらくフヌケでしたが、フヌケでいられるのも周りの人たちのお陰だなと、自分がとてもとても恵まれていることを日々感じていました
自意識が肥大しすぎて破裂したあとは、子供のわたしがそこにいて
自由にわがままを言っていて
結局これが自分だと思うと、かわいくて仕方ありません 笑
こんなに自分のことが好きだったのかー、と自意識過剰の理由に、驚いている次第です

朝が来て、夜が来る
そのあまりの早さの中で、色んな人のことを思い出している
出会った人とも、出会わなかった人とも、バランスをとりながら生きて
伝わったことも、伝わらなかったことも、同じで
そう思うと、いまカフェで、ロイヤルミルクティーのアイスが美味しくて
隣の若いお母さんと子供ちゃんが、お父さんにもおみやげのクロワッサンを買っているのがほっこりして
幸せな気分だ