食べごろレタス
あまりのキラキラに、チャリを止めて見とれてしまった
食べるならキャベツ派だけど、レタス美味しそう、、
このシャキシャキを体に取り入れたら、体は軽やかに、お肌はかっさかさが改善されそう
わたしの食生活日記、全くレタスは登場しなかったのだが、この畑の一発インパクトで、かなりインストールされた気がします
畑ってすごいな
色んな畑を、見に行きたくなる
いつも使う駅で、ふと見上げた空が明るんでいた
何か変わった
日が昇るのは早くなった、けど、明らかにそれだけではない調べが、空に絵の具をとかしたように広がっていく
色の調べ
地球がこの季節の色を、どれにしようか試しているようだ
まだ夜は居て、朝と仲良く引き継ぎをしている
今日は、こんな1日にしよう
夜と朝の打合せに立ち会う電車に、わたしは乗り込む
さあ、今日へ出発だ
15センチくらいしかないのに、立派に咲く水仙
水仙は、歌う花だ
腹から声が出ているな 笑
小さいけど、しっかりしたメロディが聞こえる気がする
それは、ショパンのピアノのようなメローな雰囲気ではなく
ブラスバンド的な、高らかな晴れ渡る音楽
いい!明るくてすごくいい
河津桜かな?
も、今年は早い
そして、例年より色が優しい感じがする
この花は、本当に青空がよく似合う
花を見ていると、生きるって途方もなくシンプルなことだなと思ったりする
実家に戻り朝が早くなってから、わりとNHKの「あさいち」をみるようになった
そこでやっていた「幸福な人」というドラマが、先日最終回を迎えた
主人公は肺がんになったことで、自分の在り方、奥さんや周囲の人たちとの関係性など、人生を見直す過程で生きるということを改めて見いだしていく
最終的に、僕は幸福だった、とメッセージを未来へ託すのだ
主人公は、生きるってエゴなんだ、と言っていた
たとえば
治療の関係で髪が抜ける自分をかっこよく見せるために、生まれて初めて高い帽子を買う
体育教師でいつもジャージだったけど、スーツできめる
父親のいない子供になるということがわかっていながらも、自分のために子供が欲しいと言う
折り合いをつけつつ、あきらめない
嘘も見栄も全部含め、自分のエゴを受け入れていく
そして、そのエゴこそが生きるということだ、と言うのだ
神さまみたいだな、と思った
神話などに登場する日本の神さまは、八百万と言われるほど沢山いらっしゃるからこそ、ひじょうに自由だ
わがままだし、嘘もつく
見栄もはるし、泣き喚いたりもする
ときに自分を顧みず、人を救い
何事もないように、呪いを吐くこともある
だから、神々しい
たまに天使のような方がいて
エゴがない、本当に純粋で美しい、その姿は私の心を震わし、どうしようもなく感動してしまう
でも、そうでなくともいい
そのままで在る、それはまぎれもなく神さまなのだ
早咲きの河津桜や、言うこときかない子供の中に、神さまをみる
生きることはエゴなんだ、というドラマの主人公の中に、神さまをみる
レタスも神さま
雨上がりのふるさとも、神さま
↑写真の、曇り空と大村湾の境の光だまりなんか特に神さま